メンヘラの野良犬
久しぶりに虎の尾を踏んでしまった。事の起こりは、親戚の集いで、「これは誰々さんにもらった、これは誰々さんがくれた」と自慢話を始めた母。母はよく人から物を貰う。うちでは、「餌付け顔」(命名by妹)と呼んでいるんだけど、母は人が何かあげたくなる顔をしているらしい。
スポーツクラブで「おなかすいたなあ」とぽつんと言うだけで「これあげる」と知らない人からお菓子を貰ったり出来る。
外国に行っても、普通は子供たちにだけ配る飴を1人だけちゃっかり貰ったりしている。それも、「アメちゃん、ちょーだい」と自分から言うのではなく、ちょっと欲しそうな顔していたら、配っていておばさんが「あんたも?ほら、しょーがないわねえ」みたいな顔して向こうからくれた。
他にもちょっと一言相手を褒めて、「貰っちゃった!」というのが得意技で、「この口はよく稼ぐ口なんだ」と母は自分の口を指差して親戚のおばさんに自慢した。「ねー」と相槌を求められたので、「そうそう、ほらよく、野良犬でも何でこの子だけ貰えるの?っていう子がいるでしょ、それと同じ」
…わたし、自分がメンヘラ野良だからさー、野良のお母さんもメンヘラ野良だろう、と全然悪気はなかったのね、でも、見る見る母の発するメンヘラオーラが険しくなって(私は親の顔をいつも直視できないので顔色が変わったかどうかわからないけど、メンヘラオーラだけ感じる)
「そーゆー言い方ないでしょ。あんたがおなかにいたときは悪阻がひどくてねー水も飲めなくてねー苦労させられたわ。産んでやったんだから感謝しなさい。」
そう言われて初めて自分が虎の尾を踏んでしまったことに気づいた。野良犬の私と違って、この人、誇り高き女王様で自分を野良犬に喩えられるなんて許せるわけないのだった。そして「やられたらやりかえせ」「攻撃する時は確実に相手の喉元を狙え」それが小さい頃から叩き込まれたことだった。
そうして子供は狩りの仕方を母親から学ぶ。だからってお母様、私を獲物にしてデモンストレーションしてくれなくてもよくってよ。まあ、昨日の場合は母は私に攻撃されたと思ったのでとっさに反撃を食ったのは私の落ち度だから仕方ない。あ、そうか母親と離れていると、「あれ?なんかこんなに迂闊でいいのかなあ」ってくらい生きるのが楽なのはこのせいだ。戦々恐々としていなくて済む。
そばで聞いていたおばが私の救護に駆けつけた。
「いつも、こんなこと言われてるのぉ?大変ねえ」
このおばさんは手弁当で不良少年の更生委員などしている心優しい人格者なので野良の受けた傷をわかってくれる。「いつもじゃないわよね」とじりじりにじり寄ってくる母。
?ここで一滴でも血をたらしたり無様なことをしたら承知しないよ、私の子でしょ。?わかってるよ、母さん。こんなことで致命傷与えたと思うなよ。他人には絶対わからない親子のやりとり。無言の会話。
「いえ、いつもってわけじゃないですぅ?」
すべて終わって、うちに帰ってからブログに求人広告を載せる。「求む、白馬に乗った王子様」って。・・・・・・アタシ、でぶで醜くて、若くなくてメンヘラ不感症でよかった。
そうじゃなかったら『出会い系』で求人広告してたかも。私の足枷は私を守る防具だ。こんなに卑屈な自分なのに、自尊心だけは高くてもてあましていたけれど、昨日はっきりわかった。
この自尊心の高さは母親譲りだ。愛した人に致命傷を与えてしまう高い攻撃力は母に仕込まれたものだ。そしてこの防御力は母の実戦さながらの訓練の賜物だ。
きっと一匹狼になれず、野良野良してる私は不肖の娘なんだろう。
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