傷つけ合うのが〝愛〟
2016年8月23日火曜日 愛
愛とは傷つけあうことなのですこのところエラそうなことを書き続けたので、反動で、
「オマエ、何様のつもりだよ」
という気になってしまった。メンヘラなので独りで放っておくとグズグズなのですが、人様に何か言って頂くと、「なんかちがう」ってことを出発点に考え進むことが出来る、らしいのです。
最近気づいたんだけど。だからね、ぶつかりあい歓迎なんです。
本来、愛すること、分かり合おうとすることは、お互いの存在に食い込みあうことなのでかなり痛いです。かなり傷つくものだと思います。
だけど、そうして傷つけ合えるのは相手の心を信じているから。心の中に自分が入れてもらっていて、自分の心の中に相手が住んでいると確信が持てるから安心して傷つけ合えるのです。相手の心の中に自分がつけてしまった傷を見つけ愛おしむことができるのです。
私は長らく現役引退していたのでそういう愛の本質すら見えずに傷つけあわない恋愛の形を探していました。前回爺とあまりに傷つけ合って終わってしまったことを反省するあまり、今回は傷つけあわないで
「おいしいところだけ食べよう」と目論み、
「そんなのズルイ」
と蹴飛ばされ、
「どーしておいしいところだけ食べちゃいけないのぉ」
「もう苦いところは口に飽きたのにぃ?」
と駄々っ子みたいなこと言って彼を困らせました。
それでも彼は自身にとっても久しぶりの心の大波を私がかぶって流されてしまわないように守ってくれてはいたんだよね。本当にいい人でした。(って過去形で書くとなんか死んじゃった人みたいでやだな、でも現在形だと自分の彼みたいで悲しいし、)
だけど、私はそうして自身の大波から守ってもらうこと自体心に入れてもらえていないようで寂しかった。愛されてると実感できなかった。
そして自分からも相手を傷つけないように両刃の剣を抱えて蹲っていたので愛してるという実感もなかった。
私、まだこういう泣き言書いてるの好きでやってるのかな。
このところ自分のブログを「魔邪」みたい、と思っていたのですが、実はけっこう「ギター侍」なところがあって、最後には切腹しないと落ち着かないのかな
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