子犬がやってきたよ‥でも人と犬の関係って‥
そんなわけで前の犬と特別な絆で結ばれていると思っていた私は新しい犬が来たからと言って、前の犬のことを忘れたようにこの子犬にのめりこむわけにはいかないと心にブレーキをかけていました。手放しにかわいがったらきっと天国の犬がやきもちを焼く。そしたら子犬になにか悪さをするかもしれない。
両方守るために私は愛情に手加減を加えていた。口先だけで可愛がっていた。
なのに、なついてしまった。
人間に捨てられたくせに人間が大好きで、それがまた、こいつ頭悪いなぁと思いながらもかわいそうで正視できなかった。自分の体を投げ出して100%信頼して寄りかかってくる犬のまっすぐな愛情に応えられるほど私は純ではない。もうひねくれまくって正面から向き合う勇気がなかったのです。
子犬は臆病ながらも人を疑うことなくスクスクと育ってくれ、成犬になりました。昼間一人で寝たりお留守番もちょっとずつできるようになり、人間の言葉を解するようになった。でも、キッチンに入ってはいけないというような簡単なことがわからない。前の犬が守った線をじりじりと突破して入り口の横から顔を出す。「ダメでしょ、入ってきちゃ」
と叱ると、「だってぇ?」とモゾモゾ後ずさりする。
「離れていたくないんだもん」と、また匍匐前進して入ってきてしまう。きっちり線を引けない私の心を見透かしてにじり寄ってきてなし崩しに既成事実を積み重ねてしまう。
犬の下っ端の私はその時々の飼い犬にものすごく影響される。初代の犬は人に厳しく、自分に厳しい犬だった。分をわきまえるということを私はこの犬から教わった。心には他人には入り込めない闇があることを教えてくれたのもこの犬だった。
2代目は演技過剰なほど、表情の豊かな犬だった。喜怒哀楽をはっきり伝えてくれるので、いつしか私も表情の豊かな人間になれた。ストレートに感情を表す。表情はその感情を増幅する。笑えば楽しいし、泣けば悲しみが増すと言うことを教わった。
そして3代目のおバカちゃん。私はこいつに何を教わったんだろう?どんな影響を受けたのだろう。
よくわからないうちに恋に落ちた。私は自分というものを持たず、ただ彼のいいように彼にシッポを振って付いていきたかった。誘ってくれた彼に愛されていると信じていた。だけど、もう何度も書いているので書きませんが、外見も内面もダメ出しされて「???」私のこと好きって言ってくれたわけじゃないのぉ?ってわけわかんなくなったとき、ふと、目に入ったのが足元で眠る犬。私は100%この犬のこと愛してるわけじゃないのに、自分は愛されていると信じて疑わないおバカちゃん。
あら? ぁこんなところにいたよ、おバカで不憫な私。
信じてたのは彼じゃなくておめでたい脳みそのせい…?
なんかもうこの犬、全然かわいくなかった。だって私なんだもん。
馬鹿で憐れな私なんだもん。
動物飼うのは苦手だ、って言ってた彼には私のストレートな好き好き光線にたじろいだに違いない。恋愛に限らないけど人間関係って押されれば引く、引けば押す、そんなところでバランスとっている。そんな基本的なことも忘れて、彼が押してこないのをいいことについ私は押してしまった。うちの犬がするように。目を合わせるのも照れちゃうような二人なのに。
なんでこうも犬は飼い主に似るって言うのが普通なのに私は飼い犬に似ちゃうんだろう?
かわいくないからと言って、飼うのをやめるわけにはいかなかった。虐待なんてできない、好きでこの家に来たわけじゃない、こいつが悪いわけじゃない。生き物なんだから、ちゃんと責任持って飼わなくちゃ、と初めて思った。それまで私はそんなふうに考えたこともなかった。犬は生活に欠かせない家族の一員、としか思っていなかったから、責任とか飼わなきゃとかそんな義務感持ったことなかった。犬のいない人生なんてそれまでの自分には考えられなかったのに、初めて重荷に感じた。もう私の人生には犬は要らないのかもしれないと思った。私は私の知らない私になっていた。
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